2017年12月05日

第38回:帰ってきたヒトラー(ティムール・ヴェルメシュ 河出文庫2016)

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 コメディである。

 コメディとして描かないとまずいくらいデリケートな問題を含んでいる。
 ヒトラーが現代によみがえり、テレビで信念に従って「正論」を吐きまくる。時にそれはドイツの現在の政治家にも向けられる。視聴者はそれをヒトラーそっくりコメディアン毒舌芸として受け取るのであるが……。

 現代日本に東条英機が復活し、テレビで安倍首相をこき下ろす。そんな筋立ての小説が出版されたら、とりあえず話題になるだろうし、いろいろな方面から賛否両論渦巻くことになるだろう。しかしそれとて、ヒトラーの比ではない。

 ヒトラーはヨーロッパの人にとって絶対悪であり、ドイツ人にとっては口にするのも憚られる負の遺産そのものである。ドイツにおいて、ヒトラーの著書「わが闘争」の発禁が解除されたのは、昨年2016年である。

 本書はそのドイツで出版されたのだから、すごい。
 そしてドイツでベストセラーになる。もちろん賛否両論巻き起こしたのは言うまでもない。

 ヒトラーを怪物だ狂人だと全ての責任を負わせ切り捨ててしまえば楽といえば楽だが、そこからこぼれ落ちてしまうものも多くなる。あとがきに書かれた作者のインタビューがそれを物語る。

 「人々は、気の狂った男を選んだりしない。人々は、自分にとって魅力的に見えたりすばらしいと思えたりする人物をこそ選ぶはずだ」。

 ナチスは通常の選挙で国民が選んだ政党だ。
 ヒトラーを選んだのはドイツの民衆なのである。
 もちろんそれでヒトラーの所業が正当化されるわけではないし、この小説のようにヒトラーを人間的魅力に富んだ人物として描いてしまうことは、やはり危うい。だが、彼に人を魅了する力が備わっていたことを完全に無視してしまって良いのかどうか、問い直す価値はあると思う。危うさを認識しつつ、そこに足を踏み込み勇気も時には必要だろう。

 日本人がワイドショーを通じてアベノミクスや小泉劇場に入れあげるだけなら大したことないじゃないかと思うかもしれない。でもヒトラーに投票した人たちも、初めは今の日本人の感覚と変わらず当選させたのだと思う。

 熱狂が渦を巻き始めると、望むと望まざるとにかかわらず、誰にも止められなくなる。その時「僕は自民党には入れていない」という言葉は虚しく響くだろう。プロパガンダでどうにでも動かされる民主主義というシステムの危うさを忘れてはならない。

 この小説はヒトラーを正当化するものではない。
 ただ、歴史の中でこぼれ落ちてしまったものをもう一度広い集める作業をエンタテインメントとして結晶させた作品である。




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posted by ガウス at 11:11| Comment(0) | 物語紙本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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